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太陽の帝国

BOOKS

丸谷才一の「ゴシップ的日本語論」の一編に「文学は言葉で作る」という講演録がある。

その中で。大岡昇平の「野火」について述べながら、氏は戦争小説について三編の小説を選ぶならとして、その三編をあげる。もちろん、一編は「野火」、二つ目はチェコの作家・ハシェクの「兵士シュヴェイクの冒険」を上げ、そして、J.G バラードの「太陽の帝国」を上げているのだ。

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太陽の帝国 Empire of the Sun

著者: J.G バラード J.G.Ballard
訳者: 高橋 和久

ISBN:
出版: 国書刊行会
定価: 1,900-円(税抜)

スピルバーグによって映画化もされたものだが、私にとって大好きな小説が丸谷才一に二十世紀の戦争小説の三つの一つとして選ばれているのは、とてもうれしいことなのだ。

本書はSF作家・J.G バラードの自伝的小説、第2次世界大戦勃発した上海、そこで孤児になった少年の波乱万丈の世界、まさしく戦火のなかでの放浪の物語なのだ。

1987年に出版された本書はすでに文庫本になって手軽に手に入ると思ったら大違い.........、残念ながら、既に絶版......、映画のDVDだけが流通している。書籍として、もう手に入れるのは古書のみというのは、なんとも残念である。

1987年初判を手に入れたが、その翻訳のレベルには辟易とした思いがある。あまりにも気になって原書のペーパーバックスを手に入れ、気になるところをトレースしたのを思いだす。
「.....消火器の音が聞こえる....」の、[しょうかき]は small arms で小火器のこと....、まぁ、これはワープロの変換の間違いだが、中国兵のはく「ズック」....doek の靴はスニーカーになり、「ジェリカン」....jellycan はポリタンク......、「アンペラ」は.........、ちょっと違和感のある翻訳でありましたです。

とにかく、本書はもっと読まれてしかるべきものなのだ。

 ● Empire Of The Sun


追記 080307

本書を読んだのが1987年の秋だが、その前年の1986年11月に初めての上海にでかけていた。その頃の上海は、まだまだ植民地時代の風景を色濃く残していた。その時の見聞は本書を読むのにとても役に立ったのであった。

 ● aki's STOCKTAKING: 東アジア世紀末研究会


Posted by 秋山東一 @ March 7, 2008 12:09 AM
Comments

皆様、どうもです。
本書全編の翻訳が......というわけではありません。どうも訳者はガジェット系に弱いというか、私がガジェット好きというところ.....なのかも知れませんです。訳者は「訳者あとがき」で「.......諸々の事情のため限られていた時間の許す限り非力を尽くしてみたが、この作品の時代及び地理的背景を考えると、ほかに適任の訳者がおられるとの思いはいまでも変わらない。........」と書いておられる。

Posted by: 秋山東一 @ March 8, 2008 10:44 AM

村松さんのご苦労は太田直子の「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」(光文社新書)を読んでも伝わりますね。

この映画は見ましたがJ・G・バラードを読んだ事がなかったので彼がサイエンスファンタジーに代表されるベタな空想科学小説とは一線を画すSF(スペキュラティブ・フィクション)の提唱者とは知りませんでした。

Posted by: iGa @ March 7, 2008 10:40 AM

皆様、どうもです。

翻訳のあら探しで、この「太陽の帝国」の面白さが減じられてしまったら残念ですが、本書の面白さは群を抜いています.......私が言っているだけではなく、丸谷才一が言っているのですから間違いありません。

翻訳について翻訳家の村松潔さんと話題にしたことがありますが、読者対象によっていろいろで.....結構ご苦労なことだそうです。
しかし、今の若者に「ズック靴」は分からないだろうからって「スニーカー」を訳語にあてるとなると、その時代の風景も変わって見えてしまうような気がしますです。
別の話しですが、ケープコッドを舞台にした推理小説を軽い気分で読みはじめたら、天気予報の事がでてきて。「気象庁が発表......」となって唖然として捨ててしまいました。「気象台」という適当な訳語があるんじゃないかと思うのですが。

Posted by: 秋山東一 @ March 7, 2008 08:53 AM

『復刻』してほしいですね...。

Posted by: たかさん @ March 7, 2008 08:12 AM

ゴシップ的日本語論を読んで、太陽の帝国も読みたくなりました。しかし、古本でもそんな翻訳の本を買うのもいやだし、英語じゃたいへんだから、図書館にあったので予約しました。映画もまだ見ていなかったので、ビデオも予約しました。
じつは、太陽の帝国の「太陽」が大日本帝国だとは、この表紙の写真を見るまでは気がつきませんでした。図書館で借りる本だと、「しょうかき」もことばあそびのひとつとして楽しめそうに思います。
図書館の本には、訂正した紙を入れておきましょうか。

Posted by: 玉井一匡 @ March 7, 2008 08:11 AM

好きな本がとりあげられていると、ほんとに嬉しいものですね。今、『ゴシップ的日本語論』の中のその部分を読み返してみました。
『太陽の帝国』、まだ読んでないのでWikipediaで概要をつかみました。これは面白そうですね。早速「近日読破リスト」に入れます。『野火』は読んだことがあります。イギリス人による書評の中でこの本とも対比されているようなので大いに親しみがもてます。いい本を紹介してくださりありがとうございます。
ところで、これも秋山さんが紹介してくださった『森博嗣の道具箱』、もう一冊買いたいです。はりのある文体の中に、何度も読み返したい内容が込められているからです。丸谷さんが強調しているレトリックもハイレベルです。

Posted by: 今井孝昌 @ March 7, 2008 08:08 AM

消化器でも良かったな。

済みません。相手にしないで下さい。
御邪魔しました。

Posted by: kawa @ March 7, 2008 06:54 AM

映画の元ネタがあった訳ですね。知りませんでした。
丁度同じ頃、似たシチュエーション、ドイツによる空爆下のロンドンで学校の授業が無くなって喜ぶ少年の映画がありました。スピルバーグの映画と同じ頃見たので、つい並べて思い出してしまいました。あれは何て映画だったかなぁ。
私自身が小説の翻訳で気付いた事ははありませんが、映画の字幕では何度かおかしいなと思った事があります。
消火器と小火器の話しは面白いなぁ。

Posted by: kawa @ March 7, 2008 06:40 AM