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日本の民家

Architecture , BARRACK finder , BOOKS

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日本の民家
岩波文庫

著者: 今 和次郎

ISBN: 4003317513
出版: 岩波書店
定価: 550-円(+税)

真鍋弘さんのKOMACHI MEMO のエントリーで紹介された、今和次郎の「日本の民家」を読んだ。

これは読まなくてはと思い、すぐ amazon.co.jp を開いた。現在は絶版と思われ、マーケットプレイスに出品されているものを手に入れた。(実は、すでに持っていたのである。読まずに埋もれていたのである。最近、よくそんなことがある。困ったことである。)

この1989年初版の岩波文庫版には本文の後に解説がついており、解説者はF教授こと藤森照信氏であった。

彼はその頃は建築家としてデビューする前、建築史家、今和次郎の考現学の延長上にある「路上観察学会」の一員として著名であった。この解説は、そんな史家としての視点から「日本の民家」を位置づけるという試みと思われる。

今和次郎、34才の著述である「日本の民家」は、日本の"民家"について書かれた最初の本であり、「民家」という呼称を定着させることとなる。
彼の「日本の民家」で記述し、巧みなスケッチで描かれている世界は一つの全体、そのディテールから、その総体にいたるまでのミクロコスモスとしてとらえられているのだ。しかし、その後、現在にいたるまで「民家」研究、建築学の一分野としての「民家」は、歴史という視点か、美という視点でしか論じられず、今和次郎的な全体的な視点は失われた世界となってしまった。
藤森はこの「日本の民家」と、その後の今和次郎の「バラック装飾社」の活動、「考現学」を分析し、それらを一体のもの、その一貫性を証明していく。

藤森は「日本の民家」の本文の中で「たまらなく羨ましく感じられて来る」と記述している家、開拓農民の仮小屋についての記述を発見する。

「彼らは木の枝や細い木の幹を切りとってきて、地につき立てて柱とする。.........」........
今和次郎が生涯を通して立脚したのは、仮小屋のシーンから文学性を抜いた物件としての仮小屋だった。
ありあわせの木の枝や草をくみあわせて作られる仮設的な工作物、たとえばおおきいものでは開拓農民の家から小さなものでは肥溜の差し掛けまで、そうしたもいのの中に彼は”真”を見ていた。
このように説明すると、"民芸”と似ている視覚と思われるかもしれないが、ちがう。白樺派の一つとして誕生した民芸運動は、農民の制作物の中にあくまで”美”を見ていたが(民芸派に肥溜は鑑賞できただろうか)、彼は違って、農民の工作物の中に工作物そのものというか、美の発生以前のもっとプリミティブな
〈人と物との初原の関係の面白さとせつなさ〉
のようなものを感受していた。

それは関東大震災後の活動に繋がっていく。
今和次郎は、焼け跡に立上っていくバラックを観察の対象とする、

ある日突然、都市が物理的に消滅し、市民たちは、焼け残りの杭とか途端とか針金とか釘とかカンを拾い集めてきて小屋を架け、ふたたび生きはじめる。彼はその光景を次のように書いた。 「焼けトタンの家は大抵真赤な重い粉を吹いた色をしている。それがこの頃はその色が淡くなりオレンジ色にかがやいて来ている。......生き生きと瓦や焼土の上に生え出たように立っている。......コールタールを手に入れることの出来た人は、その体験を動かして、その不思議な生き物の屋根から壁へ....その缶一個だけの分量の模様付けをやる。....新しく下らねばならぬ心の傾斜よ」 心の斜面を下っていけば、「日本の民家」の開拓農民の仮小屋がふたたび見えてくるだろう。

今和次郎が見据えてきた世界は、建築学の対象となった「民家」からは忘れてしまった。
建築界における「実測」という世界も、芸大における研究課題を経験した自分にとって、それは「歴史」の問題であり「美」の問題であったような気がする。

この aki's STOCKTAKING で「小諸のアースキン」、「小諸式.......」のエントリーで記述した、小諸の町屋の屋根を飾っていたトップライトも、「建築史的」な「美的」な対象としての町並み保存によって忘れられようとしている。
藤森の書く、今和次郎のスタンス「人と物との初原の関係の面白さとせつなさ」、私は「せつない」という文学的な表現に与するわけにはいかないが、「人と物との初原の関係」こそ、今、もう一度取り返さねばならないと考えている。

カテゴリー「 BARRACK finder 」の目的こそそこにあるのである。建築学として忘れられつつある、今和次郎の眼差しを、「設計」として見直し、新しい手法として構築しようと考える。


追記 070717

栗田さんがコメント欄で紹介して下さった今和次郎の「考現学入門」をエントリーした。本書「日本の民家」と同じく藤森照信氏の解説が理解を助ける。

aki's STOCKTAKING: 考現学入門


Posted by @ November 28, 2004 11:59 AM
Comments

そうなんですね。AKIさんの言うとおり「巧みなスケッチで描かれている世界は一つの全体、そのディテールから、その総体にいたるまでのミクロコスモスとしてとらえられている」点が、とてもモノの見方として大切だと思うんです。今和次郎からAKIさんも参加した60年代後半から70年代にかけてのデザヴェ、宮本常一の視点などフィールドワークの系譜を本にしようと考えています。

Posted by: komachi @ November 28, 2004 10:03 PM

同じく刺激を受けて古本探し。
今和次郎の書いた「考現学入門」も千夜千冊の松岡正剛の解説を見るとおもしろそうで、これはまるでブログで日々記録していることそのもののようにも思えます。

松岡正剛の千夜千冊
第八百六十三夜【0863】03年10月06日
今和次郎 『考現学入門』 1987 ちくま文庫
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0863.html

Posted by: 栗田伸一 @ November 28, 2004 03:31 PM