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北緯40度線探検隊

BOOKS , JEDI

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坂本正治氏は天才である。

人によっては天災というかも知れないが、昔から僕は天才と思っているのだ。いつもいつもそのフィールドを変えながらのパフォーマンス、それを支える大いなる学識、それは天才そのものなのである。
1970年の大阪万博の三井館の展示の映像アーティスト、まだ30そこそこアーティストの一人として間近におられたのだ。その彼のやることなすことには大きく影響(彼の乗るスバル・サンバーに影響を受けた、僕のダイハツ・ハイゼットなのだ)をうけたのだ。

彼には二冊の著作がある。一冊はニューヨーク滞在の体験を綴った「ニューヨーク武芸帳」、そして、この「北緯40度線探検隊」なのだ。

1977(昭和52)年、角川書店から出版、坂本正治氏は1938年12月生れだから、38才の時の本なんだ。いまではどこにもそれはない。

本書は北緯40度線という地球上の、ある意味で抽象的なライン、日本では太平洋岸の岩手県黒崎から西へ、日本海側の秋田県の入道崎にいたる線、そこをバイクで踏破する探検隊を題名としている。

その中味は、1975年の5月から1976年の12月まで、あの「CAR GRAPHIC」に連載された。その内容は、表題の「北緯40度線探検隊」の総統ならぬ、総裁の坂本正治の想像力の賜物なのだ。それは目くるめく世界なのだ。

 彼の天才ぶりは、このプロローグの記述で十分であろう。

その塔は 見事な双曲線空間の鞍上部にあった。
醜悪な 赤と黒の煉瓦造りで 塔の上部にはΝΟΛと文字があり
黒色の巨大な男根が そのまま赤色の女陰に嵌入しているように見える。
その場所は昔 ロシア大使館から下がってゆく市街電車がたびたび脱線した負の曲面。
水交社と旧海軍観象台の中間にあるパラボロイドの坂である。

氏はこのあたりで誕生したのだ。彼はここが好きなのだ。彼は何度もこの場所について語っている。

.....東京でただ一カ所のパラポロイド空間、つまり、ロシア大使館の前から下がって行く坂が逆に旧海軍の水交社の方へ上り、その一番低い鞍上の場所で飯倉一丁目から四丁目へ上がって下りる坂が直行する、東京でただ一つの逆双曲線幾何学的な場所の、ちょうど肩の部分にあたる。......世界中でただ一カ所の。海軍長官山本五十六の葬列がその坂を下りて上がっていった双曲線型の空に........

一つの場所をこんなに偏愛することって、天才坂本以外にはありえないのだ。

きたるアースダイビング大会の際に、この近傍の日本経緯度原点を通過し、このパラボロイドを経て東京タワーに向かうつもりなのだ。

Posted by 秋山東一 @ October 12, 2005 01:51 AM
Comments

miya さん、初めまして、どうもです。
坂本さんと連絡とれなくなって、というか、とらなくなってずいぶんになります。千葉県匝瑳市の方におられると思うのですが……。
メールのバックアップを探ってみても分かりません。分かり次第、ご連絡しますが、さて、分かるかどうか。

Posted by: 秋山東一 @ November 28, 2010 12:04 AM

秋山様はじめまして。
ぶしつけですがお願いがあります。
坂本さんとは小学校の同級生ですが、正治さんが私たちの前から忽然と姿を消して久しくなります。
いま坂本さんの親友が癌で苦しんでおりますので連絡を差し上げたいのです。
連絡先をお教えいただけないでしょうか。
せひにもよろしくお願いいたします。

Posted by: miya @ November 27, 2010 05:15 PM

kogi さん、はじめまして。
坂本さんの件、了解しました。私もいろいろとあり、引っ越したり.......で、彼の情報がどこにあるのか........分かり次第、ご連絡します。

Posted by: 秋山東一 @ May 15, 2009 12:29 PM

こんにちは。はじめまして。
お尋ねしたいことがあって書きました。実は「坂本正治」氏とはもう30年も前から知り合っているものです。彼が40度線を書いた後、カワサキの「ニワトリ籠バイク」で(私と一緒に)アフリカへ行くぞ!と宣言?していた頃です。彼は行けませんでしたが私は一人で初めてのサハラ砂漠縦断をしてきましたが…。その後何度も会っていたのですが、最後に彼が私の住処を訪ねてくれたのはもう17年くらい前でして、その後私は子育てと始めた仕事で忙しく、全く音沙汰のないままになっておりました。去年、坂本氏の昔?の柿の木坂へ電話をしたのですが通ぜず、ネット検索でも探せないため、半ばあきらめていたのですが、いま思い出して検索し、貴方のページに行き着きました。彼のことだから、必ずどこかに出てくるはずだとは思っていたのですが、自分自身のページがあるのやらないのやら。でも健在でいるようだとわかり、本当に嬉しいです。
もしお時間がありましたらぜひ彼の連絡先を教えていただけないでしょうか。

Posted by: kogi @ May 15, 2009 09:23 AM

ようしろう さん、はじめまして、こんにちは。
坂本さんは今、千葉県匝瑳市の不思議な土地で新しいプロジェクトを始めておられます。最近ご無沙汰いたしておりますが、とてもお元気であらせられましたです。

Posted by: 秋山東一 @ June 18, 2008 07:42 PM

坂本正治さんとだいぶ前に仕事をさせていただきました。
ご自宅にも一度おじゃましたことがあります。

とてもエネルギッシュなかたで、好奇心旺盛。
理系の心をもったアーティスト、という印象でした。

ホームページの技術が世に出現するずっと以前に、
ハイパーテキストのアイデアを導入していたアップル
コンピュータに早くも注目し、その応用を考えていた
坂本さん。もう四半世紀前でしょうか。

また、ぜひお会いしたいです。

Posted by: ようしろう @ June 18, 2008 03:56 PM

こんなすてきな本なのに、この本の話は秋山さんから聞いたことがないけれど、坂本さんはたしかに天才だなあ。くだらないから誰も作ったことがないようなものをつくるなんてことは芸術でも何でもなんでもなくて、すでにあるもののなかに全く新しいことを読み取って表現するのがアートなんだぞ。白井晟一の建築のいかがわしさを、こんな風に言っちゃえるのもすがすがしい。地底素潜りが楽しみだなあ。     と思いました。

Posted by: 玉井一匡 @ October 14, 2005 05:18 AM

先日来、書かれるものに非常に興味を持って拝見しており、そればかりかトラックバックすらさせていただいており、まことに恐縮です。
本日も北緯40度線探検隊の懐かしい記述に出会い、つい誘われてしまいました。これからも楽しみに拝見いたします。

Posted by: 発汗 @ October 12, 2005 09:50 AM

秋山さん、こんばんわ。これは読ませていただいただけで興奮します。すぐにも行ってみたくなります。しかも、「日本経緯度原点を通過」というのが激しく渋いですね。「アースダイビング」などとは異なる呼称が必要だと思われます。
僕は、今回の散歩では、GPSを使用して、アースダイバー地図の波打ち際を、地上絵のように描く、なんてことを考えていました。そんな単純なものではなかったのですね。

Posted by: masa @ October 12, 2005 04:04 AM