030601

Bicycle

CYCLE

LANDship/TOYBOX/1998

biciclebt.GIF

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Alex Moulton Bicycle

アレックス・モールトンという自転車をご存じだろうか。

英国製のこの自転車はとにかくヘンテコリンな自転車なのである。 サドルにまたがった人間の足踏みによる走行、二つの車輪の存在は今までの自転車とまったく同じなのだが、その形態はそうとう異なる外見を呈している。

  最初にアレックス・モールトンをみたとき、買い物自転’車、ミニサイクル風の外観、そしてその小さな車輪に驚かされる。それは子供用の自転車の車輪の大きさでしかない、それなのにサドルの位置、ハンドルの位置は通常の自転車の位置関係を維持しておる。なんとも奇妙な「大人用子供自転車」というようなものなのである。そしてそのフレームは細いチューブを組み合わせてトラス構造のフレームを構成している。よくよく見れば前輪後輪に巧妙に組み込まれたサスペンションを発見することができる。とんでもなく理屈っぽい感じ、とんでもなく異端、革命的な自転車。こんなモノをだれが作ったのか、誰でも考えてしまうという代物なのだ。
 
 このアレックスモールトン自転車は名前の通りアレックス・モールトンという人物が考案し、彼自身が作っている自転車なのだ。 サー・アレックス・モールトンはケンブリッジ大学出身の機械工学博士、イングランドの田舎のお城に住んでいる。そのお城の馬小屋改装の工場の中で熟達した職人達の手によってその自転車は作られている。モールトン博士はこの自転車を発明しただけで有名というわけではない。この自転車にも活かされている自動車のサスペンションの発明家であるのだ。ミニ、あの有名なオースチン・ミニに使われているサスペンション、ラバーコーンサスペンション、ゴムの弾性を利用した、ミニをミニたらしめたという画期的サスペンションの設計者として自動車の世界では超著名な人物なのだ。その博士が設計した自転車は尋常一様なものではないのは至極当然のことではあるのだ。
 
 モールトン博士の自転車の研究は1956 年のスエズ危機のガソリン不足の際、博士自身の足として購入した自転車の形態に疑問を抱いたことから始まった。19世紀後半に完成した今の自転車の形態、大きく三角形を構成するダイアモンド型フレーム、大きくて重くて乗り心地も悪い、そして不細工な大きな車輪、「どんな乗り物でも進化すれば車輪は小さくなるはずだ」と博士はまず考えたのだ。
 そこから、普通の自転車の大きな車輪よりも小さな車輪のほうが空気圧を十分高くすれば転がり抵抗は少なくなるという考察、そしてそれを証明する実験結果を得たのだ。しかし小さな車輪は路面の凹凸に過度に反応しすぎる。そこで始めてサスペンションの登場となるのだ。
 サスペンションは車が走行するさい路面の凹凸による上下動が車体に伝えられて車の走行エネルギーをロスさせてしまう。結果として車のスピードを減じる。それはエネルギー効率の問題なのだ。人力という非力なエンジンを動力源とする自転車こそサスペンションが絶対に必要なのだ。 小径の車輪とサスペンション、これによってモールトン博士の自転車の基本的なコンセプトは決定した。メカニズムの小さくすることによる軽量化、路面接地抵抗、空気抵抗の減少、車輪の質量の軽減による慣性モーメントの減少による加速性能、ハンドリング性能の向上が得られた。又、通常の自転車に必要なフレームのしなり(サスペンションがない代わりフレーム全体がしなってその役割をしている)を必要としなくなった為、そのフレームにより高い剛性を持たせることを可能にした。

 1962 年、沢山のプロトタイプの試作、実験をへて量産型の製造開始、途中生産中断などの経緯をへて、1983 年モールトン自転車の現行型、AM型を設計、旧型の大量生産の方針から高品質手作り小量生産へと転換し彼のお城の中で生産が始まった。 今、僕らの手にいれられるのがそのアレックス・モールトン自転車というわけだ。 17 インチの高圧小径ホィール、細いクロムモリブデン鋼、あるいは航空機用ステンレスのパイプでトラスを構成したフレーム、調整可能な前輪リーディング・リンク式サスペンション、後輪はミニと同じゴムのラバー・コーン方式、路面からのショックは吸収しても決してペダリングのエネルギーを損じることはない

 アレックス・モールトンは現存のどの自転車よりもエネルギー効率が高く、どの自転車よりもフレーム剛性が高い。従って、エンジン次第(人力で走るいじょう)ではあるが、理論上どの自転車よりも速く走れる。その特異な外見、誰が見ても不思議な外見にもかかわらず、すぐれた性能を有しているのである。それは1986年、樹立した自転車速度世界記録 82km はいまもって破られていないことでもあきらかであろう。
 日本代理店のダィナベクターの富成次郎氏によれば、アレックス・モールトン自転車のユーザーには建築家が多いということであった。そういえばあのN氏もあのT氏もO氏さえも、そういえばあのY氏も所有しておる。そんなに建築家好みの自転車であるならばなんらかの理由があるはずである。 建築家にとってこの特異な自転車を親しく感じるのはどんな理由なのか、英国の建築評論家レイナーバンハムの著作にアレックスモールトン自転車の記述があったからだろうか。あるいは建築家にとって親しみのもてる構造方式トラス、スペースフレームだからかも知れない。だが、それ以上に自転車という一つの機能を新しくデザインする、その論理性、その記述に親しみを感じるというのが本来なような気がする。
 新しい自転車の設計はパッシブソーラーシステムの住宅を新しく設計することに似ているかも知れない。とにかく自転車のエンジンは人間のちっぽけな筋力に依存している。そのエネルギーをもっとも効率良く、走行するという目的をはたさねばならない。

 彼が彼の自転車を設計するにあたって全てを根本的に配置しなおし一つ一つの要素を作り直した。パッシブソーラーシステムもまたエンジンは太陽であり風であり自然な要因である。それはとてもコントロールしにくく、そこで一つの居住空間をつくりださねばならない。
 彼が小径の車輪とサスペンションによって実現したように、我々にとってのそれを発見する必要があるにちがいない。 アレックスモールトンがその自転車を設計していく過程は、我々が一つの建築を設計する過程そのものといえるような気がするのだ。旧来のコンセプトを完全にくつがえし、まったく新しいコンセプトつくりだしている方法に共感を覚えるのだ。それはただ新しい形を作りだしたというだけではなく、一つの機能に最適な形態を与えるという作業にほかならない。

AM.JPGアレックスモールトンは云う「発明というものについて言えば、それは個人あるいは少数の集団が考えぬいて初めて実現化しえるものだと思います。そして新しいものを売るために古いものを「型遅れ」にしてしまう「変更のための変更」には賛成できません。………エンジニアリングにおいては物理法則、生産性などの現実的制約が常についてまわります。そのためには数々の作図と試作が必要になります。」


 

どうも彼は通常のエンジニアとは異なるようだ。小設計事務所を率いる「牧歌的」建築家のように仕事をする、お城の中で。もちろんコンピュータが全て決定的道具になってしまうことを好まない。スケッチと思考、計算尺と模型製作、そんな世界の中で設計している。そして全てを自分自身で作りだしたいと考えている。アレックス・モールトン自転車はとっても建築家好みの自転車である。モールトン博士の思考に親近感を覚える。
 先日、紅葉の信州原村で初めてのアレックス・モールトン自転車ユーザーのミーティングがモールトン博士を招いて開かれた。100人余りのモールトン愛好家が80台もの自転車を持ってきて開かれた。そしてツーリング、空気の薄い原村では本来のエンジンの性能を発揮することは至難の技であった。

 アレックス・モールトン自転車は大変高性能であるがお値段もなかなかの高価格である、それを所有するには覚悟がいることではある。

秋山東一

「AT」1995年2月号所収

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その後、Alex Moulton はこんなことになってしまった。

Posted by @ June 1, 2003 04:07 AM
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