180925

飛曇荘 /2018

Architecture , BeV Standard

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9月21, 22日、藝大の先輩・益子さんとの木曽・松本旅行の目的地の一つが、この松本市和田の飛曇荘訪問だった。

木曽アルテック社の齊藤さんの車で、松本中町「鳥乃子」経由で21日夕方に到着した。

家に帰られる’齊藤さんには申し訳ないが、宗亭氏夫妻と益子・秋山はこれから宴会……、そして、泊めていただくのだ。

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飛曇荘は宗亭ご夫妻の住い、2008年竣工……10年経ってしまったのだ。

宗亭氏は元森林官……、上高地の森林官を永いこと勤められた。そして、ちょっと変わったブロガーであるのだ。 ● 飛 曇 荘

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松本市街から西へ、上高地へ向う松本電鉄(アルピコ交通なんていうらしい)最近は・三溝(さみぞ)駅近く、住宅団地として開発された場所にある。

飛曇荘(ひずみそう)なる不思議な名称……、住まい手である宗亭正治氏が、その由来について語ってくれた……、追記参照。

メンテの行き届いた、この飛曇荘には、いささかの歪も見られない……。

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そうそう、メンテと言えば佐藤慶一さん、これを施工した美登利屋工務店のスタッフだったが、今は独立して椿建築所の所長……、今もって面倒をみてくれているのである。

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しかし、この10年の時間は、土しかなかった分譲地を緑の場所へと変えてしまった。

宗亭氏が選ばれた樹木、在来種……ここにあるべき樹木で囲まれ……、一つの里山を作り出しているのだ。

これからの10年……、どのような世界になるのか……。

10年前の話はここ……なつかしい。
 ● 飛曇荘 / お披露目当日

竣工当初に、設計手法について書いている。
 ● 飛曇荘 /スタック


追記 180927

飛曇荘の住人、宗亭正治氏よりメールがきた。

1,「飛曇荘」 命名の由来
飛騨から安曇村地内(2004年当時)にあった事務所に転任し、入居した宿舎のあまりの歪み様を友人が「武相荘」のひそみに倣って「飛曇荘」と名付けてくれました。
もとより旧安曇村は、「安曇野」ではありません。

ここ松本市和田地区も「安曇野」とよばれる地域ではありません。あえていえば松本平でしょう。
和田のこの家を「飛曇荘」とよぶのは、あのぼろ家に端緒がひらかれたからです。

「安曇野」について、WIKIPEDIAでは次のように書かれています。
 …… 「安曇野」が指し示す範囲としては、明確に画定された線引きは無いが、概ね 安曇野市、池田町、松川村、大町市南部の4市町村他、さらに松本市梓川地区(旧・梓川村)、……

どこからどうという線引きはしがたいようですが梓川の流れから北を「安曇野」というのだとわたしたちは考えています。



Posted by 秋山東一 @ September 25, 2018 10:48 PM | TrackBack (0)
Comments

元VolksA担当者さん、どうもです。
いやぁ、10年という年月の経過はたいしたもんです。飛曇荘をお披露目した日の写真を見てびっくりです。

Posted by: 秋山東一 @ September 27, 2018 11:01 PM

おお!10年の歳月によって外構建物が馴染んで自然な感じになりましたね。佐藤さんもお元気そうで何よりです。

Posted by: 元VolksA担当者 @ September 27, 2018 11:58 AM
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