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15歳の東京大空襲

BOOKS

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15歳の東京大空襲
ちくまプリマー新書

著者: 半藤 一利

ISBN: 978-4480688323
出版: 筑摩書房
定価: 819-円(税込)

ちょこっと入った本屋で目に入った。薄いクリーム色、渋い青で印刷された銅版画風の本の姿のきれいな表紙が目に付いたのだ。

著者、半藤一利の名前を確認してレジに向かった。

本ブログでも何度か取り上げている昭和史の半藤氏の自伝ともいうべき、彼の少年時代の話だ。氏は今まで、1945年3月10日の自身の東京大空襲の体験を語ることはなかったが、初めて九死に一生を得た……その体験を語ったのだ。氏は1930年生れ、今年80歳にあらせられるのだ。

それは半藤氏が15歳の時、旧制府立7中(現都立隅田川高校)の二年生、もう学校で学ぶことも許されず、軍需工場での工員のような生活であったのだ。その日の夜、向島の自宅で、空襲警報とともに始まったB29の爆撃に逃げ惑うことになるのだ。その日、1,670トンの焼夷弾によって死者は10万人を超えることとなったのだ。

現代の講談師の面目躍如……大迫力でその日の体験が語れていくのだ。本書は青少年向けの新書であるのだが、戦争に遅れてきた多くの大人達も読むべきであろう。


目次
プロローグ 真珠湾攻撃と日本人―昭和十六年
第一章 悪ガキと忠君愛国―昭和十七年
第二章 軍国訓練と中学生―昭和十八年
第三章 鬼畜米英と防空壕―昭和十九年
第四章 「盲爆」と本土決戦―昭和二十年(1)
第五章 三月十日と焼死者―昭和二十年(2)
エピローグ 天皇放送と煙草一本―昭和二十年(3)

あとがき
参考にした本など


半藤氏は、太平洋戦争が開始された時、1941(昭和16)年12月8日、氏が11歳小学校五年生の時の様子、氏の周辺の大人たちの様子も含めて語りだす。
そして、それは東京大空襲という事態、氏の周辺を全て焼き尽くしていったのだ。
その後の、母の実家、茨城県下妻へ、父の実家、新潟県長岡へ、そして8月15日の熱い夏の日の天皇放送を迎えるのであった。

本書の半藤氏の視点はあくまでも15歳のものだ。勤労動員された軍需工場での女学生との淡い恋愛、空襲でばれた父の浮気の顛末……すこぶる人間的である。

本書をゲットするに至った、本の装丁はクラフト・エヴィング商會の手になるものであった。「「ちくまプリマー新書」100点を記念して」なる展覧会が紀伊国屋書店で開かれたようである。

Posted by 秋山東一 @ June 14, 2010 12:02 AM
Comments

Fumanchu 先生、どうもです。
1945年6月18日は浜松大空襲の日ですね。終戦間際の8月2日は八王子空襲の日、その日は川崎、長岡、水戸、富山も空襲されています。

その時、父は満映に出向しており、八王子の家には母と私と妹の三人しかいませんでした。私は三才弱、妹はまだ乳飲み子で、母は妹を背負い私の手を引き、上空のB29が攻撃中の甲州街道を日野方向の山の方に逃げました。

その時、通り過ぎた小屋の扉、トタン板のたくさんの穴から、後の家が燃える光がもれ、それが満艦飾の軍艦に見えたのが、私の一番最初の記憶です。

Posted by: 秋山東一 @ June 14, 2010 08:00 PM

「国都建設」の頃の古山家です。ご参照ください。
http://www.tcp-ip.or.jp/~ask/rjx/rojix18/rojix182.htm

Posted by: Fumanchu @ June 14, 2010 05:39 PM

浜松ではその日、6月18日が巡ってきます。家族には被災したものはありませんが、当日姉の一人は動員先の日楽の木工場へ行く途中「道端のどぶに半分裸の人が沢山顔を水に付けて死んでいた。」そうです。

彼女は小学校の通学路で、山東からの出稼ぎ人が、綿入れのままで固まっているのを、見ながら登校していた満州生まれなので、死んだ人を見るのは別に特別なことではなかった。と言っております。

Posted by: Fumanchu @ June 14, 2010 05:32 PM