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凩の時

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凩 の 時
こがらしのとき

著者: 大江 志乃夫

ISBN: 4480080198
出版: 筑摩書房
定価: 700-円(税込)より

 昔、1985年に初版が出版された時読んだのだ。
とても面白くて、その頃、「建築知識」に連載していた「秋山東一のストックテーキング」の第6回として「地図って読むものなんだ」に「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」と一緒に取り上げたのであった。もう既に絶版で古書しかないのは残念だ。

 著者・大江志乃夫 (茨城大学名誉教授) は近現代史家としてたくさんの著作、著述のある方だが、この「凩の時」は史伝体と物語体を駆使した唯一の歴史長編小説なのだ。

 時は、日露戦争後の1908(明治41)年、これからの「冬の時代」を告げる凩が吹きすさぶ時代、大逆事件が迫り、東京赤坂の陸軍歩兵第一連隊から兵卒37名が脱営した事件が起きる。軍国化の足を速めた大日本帝国と、苦難の時を迎える社会主義運動の姿を、今日によみがえらせる優れた歴史小説なのだ。1985年、第12回大仏次郎賞受賞している。


目次
一   小石川後楽園
二   赤坂檜町(一)
三   巨福山建長寺
四   赤坂新坂町
五   麻布龍土町
六   内藤新宿
七   青山北一丁目
八   ロンドン
九   横須賀不入斗町
十   神田三崎町三丁目
十一  芝片門前町
十二  大久保射撃場
十三  日枝山王社
十四  千駄ヶ谷町隠田
十五  二廓四宿
十六  武蔵野
十七  赤坂檜町(二)
十八  青山南一丁目
十九  淀橋柏木
二十  山の手線
二十一 上海
二十二 三宅坂
二十三 京橋南鍋町
二十四 姫路城
二十五 市ヶ谷富久町
二十六 永田町一丁目
二十七 茅ヶ崎海岸

    参照文献
    あとがき


 目次を見れば明らかだが、各節の題名がすべて「地名」であるのが特異だ。

 それは地図を読むのを前提とした考え、地図上に記述内容を展開しながら読むことができるのだ。その頃の東京の地図の中に、登場人物の目に見える風景を見ることができる。一枚の地図から空間的な無限の連なりを読むことができる、と同時に時間的な連なりも読むことができるのだ。

 アースダイビングによって鍛えられた目によって読まれることを期待されている歴史書なのである。


著者・大江志乃夫は「あとがき」に次のように記している。

................  執筆にとりかかる気になったのは、本書の真の主人公が明治40年代という「限られた時代」であり、その時代に生きた人々の群像が行動の場とした「限られた空間」である、という設定を考えついたときであった。この歴史小説らしからぬ歴史小説、歴史叙述らしからぬ歴史叙述を「冬の時代」の到来を告げる『凩の時』(当初の案では『凩のまえ』)と名づけ、各節の題名を地名で統一することに思い至ったとき、本書の構想ができた。 ...............

追記 080210

 さらっと再読、各節が地名で始るだけでなく、記述の中味も地誌的に興味のもてるものなのだ。しかし、軍事に興味のない向きにはやや退屈に感じるかもしれない。


追記 090923

本書の著者、歴史家・大江志乃夫氏がお亡くなりになったそうだ。
9月20日死去 享年81歳


Posted by 秋山東一 @ February 9, 2008 02:13 AM
Comments

今井さん、どうもです。
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」も「凩の時」も、両方に共通したことはない、ずいぶんと異なった小説ですが、共通しているのは、その場の「地図」なのです。
その場をうさぎから見たウオーターシップダウンであり、「凩の時」ではそこに登場する人物達を現実のその地図に閉じこめてしまったような.......気がします。ぜひ、ご一読を。

Posted by: 秋山東一 @ February 9, 2008 08:10 PM

秋山さんにとって、いろいろな意味で感慨深い本なのですね。インターネットで調べてみたのですが、最近では『日露戦争スタディーズ』という本で、大江さんは日露戦争についてお書きになっているようです。こういう本は、子供にも若いうちに読ませておきたいです。

Posted by: 今井孝昌 @ February 9, 2008 05:32 PM

iGa さん、どうもです。
おうおう、そんな風に精密に地名を読む人がいる......と思って、本文をチェックしましたが。やっぱり、一ヶ所間違えておりました。もう直っておりますが、「山の手線」が「山手線」と間違えておりました。
まさしく、アースダイバー、マッパー等々の皆様の必読の図書でございますです。

Posted by: 秋山東一 @ February 9, 2008 02:51 PM

我ながら「いがらし・凩・とんがらし」と言われているにもかかわらず、タイトルから凩が直ぐに読めず、文脈の前後から「あっそうか」と分かるとは困ったことだが『横須賀不入斗町』となると、全く読めず、辞書にも載ってなく、LeopardのコンテクストメニューからのGoogle検索で「イリヤマズ」と漸く読めたのであるが、仮名入力では『不入斗』と直ぐに変換してくれる。まぁ難しい地名は地元民しか読めんだろうが、地名の由来はネットの地名辞典でこうなっている。
・谷間の入口を「入山瀬(いりやませ)」といったのが転化した。
・斗は年貢のこと。年貢免除のところ。(大名のお狩場であった)
なるほど、仰る通り『アースダイビングによって鍛えられた目によって読まれることを期待されている』のね。

Posted by: iGa @ February 9, 2008 02:12 PM