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家人.......

Blog , THINK

若い友人のブログを読んでいると、奥さんを「家人」と呼んでいるのが目につく。

なんだか、ちょっと気になる。

自分の妻を「家人」と書くのを読むのは、ブログの中でプライベートな話を読む事が多くなった最近のような気がする。
会話の中では「うちの家人が....」なんてのは聞いたことがない。まぁ、書くも話すも「家内」というのが普通のような気がするが、まぁ、流行りなんであろう。
お武家さまでもあるまいし、なんだか奥さんを家人なんて呼んでいるなんて、女中から書生、園丁までいるんじゃないかい、とからかってみたくなる。

というわけで、友人のブロガー某氏に聞いてみた。
まぁ、どこで「家人」なんて習ったの、あなたの父上がそう言っていたの....というわけだ。そしたら、町田康が書いている......とのこと。

今度は、「家人」を使わない某氏にも聞いてみた。
まずは、あなたは自分の奥さんをどう呼ぶの.....と聞いてみた。そしたら「カミサン」との話であった。彼のブログを「かみさん」と検索しても一件だけ、それも他人の「かみさん」の話だ。これも刑事コロンボの影響かな。しょうがないから、「家人」って知っとるかと聞いたら。植草甚一が言っていたという話だ。

まぁ、きっと自分の親父が「家内」なんていっているのに、反発して自分の祖父が使うような「家人」なんてのを使っているのであろう。

家内も家人も、文字通りには「家にいる者」という意味だが、男の立場からの言葉とすれば、それは妻を指すんだろうな。しかし,「家人」となると、母親とか、子供とか、家に居る諸々、書生とか女中とかも入るんじゃないだろうか。

「隠居の挑戦」なるBBSに、こんな文章があった。自分の奥さんを家人としているとちょいと困る。

...........(認知症の自分の妻が)目医者へ白内障で通っていたいたとき、患者と家人が出入りする階段が別々だった。その間隔は狭かった。家内家人用の階段から上がったから看護士たちがびっくりしたそう。家に帰って本人が報告した。.........

Posted by 秋山東一 @ December 18, 2005 09:53 AM
Comments

町田康愛好家「猫にかまけて」を広く世間に広めよう会の古川です。
先日の秋山さんからの電話インタビューがこんな記事になっているなんて
土日にばたばたしておりまして知らずにおりまして、
昨晩遅くにやっとアクセスしました。
僕が「家人」と使うのは、「家内」とか「妻」というのはちょっと気恥ずかしい感じがしていたし、「カミサン」と言うには、まだ年期がたりないかなという思いでいて、なにか良い表現を探しているときに町田康が使っているのを発見。
時代錯誤的なその表現が、ちょっと突き放した感じで良いかなと思って使い始めました。
ちなみに、「家内」というのは気恥ずかしいと言うほかに
「家の中にいるもの」というようなイメージが僕の場合つきまとってしまって、実はあまり好きではありません。

Posted by: fuRu @ December 19, 2005 09:38 AM

玉井さんのご意見、読み返しました。
「カミさん」は、私も好きです、まだ使ってないのですが。
植草氏も「家人」派だったんですか。なるほど。
昨夜から、作家などがどういう使い方をしているか少しずつ調べています。山口瞳は晩年「妻」のようです。

Posted by: eirakusan @ December 19, 2005 07:42 AM

 ぼくは、口語ではカミさんといいますから、文章でもくだけたときはカミさんとかきます。改まった文章たとえば丁寧な手紙であれば妻と書きます。だから、blogの場合には文の流れによって、それを使い分けるでしょう。家人ということばはどうも実感がないし、ちょっと気取っている感じがしてしまいます。
 植草甚一が家人と書いていたのを初めて読んだとき、ぼくはこのことばに初めて出くわしたので、一瞬、家族のことかと思いました。文章の流れから、もちろんすぐに意味は分かりました。具体的な記述については思い浮かびませんが、植草は相当な亭主関白であることが文章からうかがわれることが多かったので、家人ということばには、奥さんを後ろに従えているような光景が目に浮かんでしまいます。
 カミさんは、友人が使っているのを借用したものですが、それまでは女房でした。土岐雄三の「カミさんと私」というエッセイがあり、それが京塚政子の主演でテレビドラマになりました。その後コロンボのうちのカミさんがねになったと記憶しています。三人称で使うときには、八百屋のおかみさんとか、旅館や料亭の女将なんていう使い方をしますから、上品な奥様のことではないでしょうが、カミは、もちろん神から来ているのでしょうから、夫婦の関係にかかあ天下というおもむきが感じられ、亭主関白を思わせる言葉よりもぼくは好きなのです。対になることばは、きっと亭主でしょうから主とはいえ亭のあるじにすぎず、人格まで支配しそうなご主人とは違う気がします。

Posted by: 玉井一匡 @ December 19, 2005 06:47 AM

秋山さん、これをきっかけにいろいろと辞書にあたってみました。辞書ごとに解釈がまちまちなので逆にびっくりしました。
ひょっとした連想で「家畜人...」なんてものまで思い浮べました。
自分もときどき使っていることに気づきました。やはりおっしゃるとおり、封建制の名残りのようなものも感じられますね。
「連れ合い」ぐらいがいいのかなあ。
手元にある小説をランダムに見てみると、伊集院静氏はよく奥さんのことを家人と呼んでいるようです。
会話のときは「うちのはねえ....」とか言ってます。どうも「妻」は実は私の場合、あまり使えないんですねこれが。
今夜は研究課題ができました。

Posted by: eirakusan @ December 18, 2005 07:37 PM

辞書的には「家人」は一緒に住んでいる人、家族のことです。
なので妻が夫を家人と言ってもよいのです。
……と思って、あるメールで夫のことを「家人」と書いたら、
本人からクレームが来ました。一般に妻のことを家人というのではないか、と。

私の夫は家に閉じこもって仕事をしているので、
感覚としては「家人」がピッタリだったのですが。

メールの中でも会話の中でも、パートナーをどう呼ぶか迷います。
明らかに「主人」ではないので、私としては違和感があり、
また「ダンナ/旦那」と書くのも妙に下世話で嫌です。
「夫」と書くと夫婦という関係性を強調するかのようで気が引けます。
パートナーというのも、何か気取っているようで(笑)

そういったわけで最近私は「相方」と使うことがあります。
一緒に何だかんだとやっている感じが出ていて私は気に入っているのですが、
男性から見ると、妻から相方と呼ばれるのは嫌なものでしょうか?

Posted by: nagane @ December 18, 2005 06:16 PM

谷中のブログでは家族構成見せてるため「妻」としてた気がしますが、
ネット上で「家人」はかなりの頻度で使ってます。
町田康は一切読んでないですが(^^;)

で、なぜに「家人」かというと、私の場合、性別を自分も含め、
はっきりさせたくないというのが一番の理由です。自分のことを「私」として
パートナーを「家人」とすれば、どっちがどっちだかはわかりません。

じゃ、なぜに性別をはっきりさせたくないのかといえば、それはかなり何となくなんですが、
不特定多数のネット上で想像されるよからぬ危険を意識して・・ということでしょうか?

もちろん友人同士で話すときなどは、そうした危険性は解除されてるので
私の場合、口語だと「奥さん」、文語だと「妻」になりますね。
たまに漱石を意識して、口語で「妻(さい)」と言って笑いを取ることもあります。

Posted by: m-louis @ December 18, 2005 04:46 PM

栗田さん、どうもです。
まぁ、目くじらを立てるようなことでもないのですが、どうも気になって仕方がないのです。家内という言葉には、なんとも使い古された感じがするんじゃないかと思います。
私は「家内」と書く方ですが、家内はメールなどで、私の事を「主人」と書きます。これって相当古い感じで「封建的」なんて言われそうですね。

Posted by: 秋山東一 @ December 18, 2005 12:30 PM

どきっとしました!
私もやっていたような…。
検索してみると「家人」と「家内」を両方使っていました。
おおやけに自分の奥さんを「どのように呼んだらいいか」
照れや迷いもあったのかもしれません。
実際にどのように呼んでいるかというと「名前」です。
その実態をさらけだすのはかなりはずかしい。
「です」「ます」調で文章を書くようにしていたら違っていたのかもしれません。
「である調は栗田さんには合いませんね!」と以前ご指摘いただきました。
これからはその実態も含め、どのように自分の奥さんのことを書くか、しっかり覚悟せねばなりません。
しかし、本人からはなんのコメントもないのは、どのように呼ばれても関心がないのでしょうか?

Posted by: 栗田伸一 @ December 18, 2005 12:01 PM