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戦争における「人殺し」の心理学

BOOKS

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戦争における「人殺し」の心理学
ちくま学芸文庫
著者: デーヴ・グロスマン Dave Grossman
訳者: 安原和見

ISBN: 4480088598
出版: 筑摩書房
定価: 1,575-円(税込)

最初の「謝辞」にこんな言葉が引用されている。

私は以前から戦争に興味があった。名将軍の指揮する作戦行動という意味ではない.......そうではなく、戦争の実態、殺人の実際に興味があったのだ。アウステルリッツやボロディノで軍隊がどんな配置をとっていたかということより、ひとりの兵士がほかの兵士をどんなふうに、そしてどんな感情に動かされて殺すのか、そちらのほうにはるかに興味をそそられた。 
レオ・トルストイ

本書はまさしくその問題に答える、その問題を探求した研究書というべきものである。

著者デーブ・グロスマンは米国陸軍に23年間在職、一兵士から陸軍中佐に、レンジャー部隊・落下傘部隊資格取得、ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任した。心理学者にして歴史学者として著述したのが ON KILLING、本書はその翻訳本である。本書はピューリツアー賞候補にノミネートされた。

歴史上の戦争の中で、人が人を殺すことには大きな抵抗があることが明らかにされる。ナポレオン戦争から、南北戦争、第一次、第二次世界大戦、その何時の時代にも「非発砲者」という存在があるのだ。それは驚くべき数、第二次世界大戦中の米軍兵士で前面の敵に対して発砲しない兵士は80%から85%におよぶのだ。人は人を殺したいなんて思っていないのだ。

戦後、現代戦の世界が始まる。それは心理戦、それも敵にではなく、自国の軍の兵士に対する心理戦だ。
脱感作(だっかんさ)、条件付け、否認防衛規制、兵士を殺人マシン化する訓練は大いなる成功をもたらす。ベトナム戦争には、発砲しない米軍兵士はたったの5%となるのだ。
しかし、その成功はベトナム帰還兵のトラウマ、PTSD となって、現代の米国社会を苦しめることとなる。


目次
 献辞
 謝辞
 はじめに
第1部 殺人と抵抗感の存在【セックスを学ぶ童貞の世界】
 第 1章 闘争または逃避、威嚇または降伏
 第 2章 歴史に見る非発砲者
 第 3章 なぜ兵士は敵を殺せないのか
 第 4章 抵抗の本質と根源
第2部 殺人と戦闘の心的外傷【精神的戦闘犠牲者に見る殺人の影響】
 第 5章 精神的戦闘犠牲者の本質ー戦争の心理的代価
 第 6章 恐怖の支配
 第 7章 疲憊の重圧
 第 8章 罪悪感と嫌悪感の泥沼
 第 9章 憎悪の風
 第10章 忍耐力の井戸
 第11章 殺人の重圧
 第12章 盲人と象
第3部 殺人と物理的距離【遠くからは友だちに見えない】
 第13章 距離ー質的に異なる死
 第14章 最大距離および長距離からの殺人ー後悔も自責も感じずにすむ
 第15章 中距離・手榴弾距離の殺人ー「自分がやったかどうかわからない」
 第16章 近距離での殺人ー「こいつを殺すのはおれなんだ。おれがこの手で殺すんだ」
 第17章 刺殺距離での殺人ー「ごく私的な残忍性」
 第18章 格闘距離での殺人
 第19章 性的距離での殺人ー「原初の攻撃性、解放、オルガスムの放出」
第4部 殺人の解剖学【全要因の考察】
 第20章 権威者の要求ーミルグラムと軍隊
 第21章 集団免責ー「ひとりでは殺せないが、集団なら殺せる」
 第22章 心理的距離ー「おれにとってやつらは畜生以下だった」
 第23章 犠牲者の条件ー適切性と利益
 第24章 殺人者の攻撃的素因ー復讐、条件づけ、二パーセントの殺人嗜好者
 第25章 すべての要因を盛り込むー死の方程式
第5部 殺人と残虐行為【ここに栄光はない。徳もない】
 第26章 残虐行為のスペクトル
 第27章 残虐行為の闇の力
 第28章 残虐行為の罠
 第29章 残虐行為のケーススタディ
 第30章 最大の罠ー汝の行いとともに生きよ
第6部 殺人の反応段階【殺人をどう感じるか】
 第31章 殺人の反応段階
 第32章 モデルの応用ー殺人後の自殺、落選、狂気の確信
第7部 ベトナムでの殺人【アメリカは兵士たちになにをしたのか】
 第33章 ベトナムでの脱感作と条件づけー殺人への抵抗感の克服
 第34章 アメリカは兵士はなにをしたのかー殺人の合理化ーなぜベトナムでうまく働かなかったのか
 第35章 心的外傷後ストレス障害とベトナムにおける殺人の代償
 第36章 忍耐力の限界とベトナムの教訓
第8部 アメリカでの殺人【アメリカは子供たちになにをしているのか】
 第37章 暴力のウイルス
 第38章 映画に見る脱感作とパブロフの犬
 第39章 H・F・スキャナーのラットとゲームセンターでのオペラント条件づけ
 第40章 メディアにおける社会的学習と役割モデル
 第41章 アメリカの再感作
訳者あとがき

なんとも、しんどい読書ではあった。戦争も軍隊も、なんのことはない、その目的は殺人であり、殺人者であることには何も変わりない。

Posted by 秋山東一 @ May 15, 2006 12:15 AM
Comments

人を殺すように人間を育てることが、とても難しいことであり、ひとを殺した人間自身が、そのことできずつくのだとすれば、それは人間の本性について、むしろ希望を抱かせますね。そういう意味では、この本は希望の書ではないかと思いました。

Posted by: 玉井一匡 @ May 16, 2006 11:08 PM

なんとなく、ゴヤの絵を思い起こさせる、ヘヴィーな内容の本ですね。
読むには勇気がいるでしょうが事実に目を背けるのも良くないことですね。
「初めて人を殺す・老日本兵の戦争論」を読んだときも疲れました。
http://madconnection.uohp.com/mt/archives/000706.html
そういえば「平気でうそをつく人たち」の作者・M.スコット・ペックも1963〜72年の9年間、米軍所属の精神科医でした。

Posted by: iGa @ May 16, 2006 02:07 PM

keiji さん、どうもです。
私はこの本にはびっくりしました。こんな事実があり、それが研究されているなんて。
とても、読むのにつらい本ですが、多くの人に読まれるべきと思います。

Posted by: 秋山東一 @ May 16, 2006 10:17 AM

とても興味深い本のご紹介有り難うございます。
常々、私が感じていた疑問へのヒントが有りそうです。

Posted by: keiji @ May 15, 2006 11:30 AM