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アースダイビング@下北沢

click! 1880(明治13)年頃/2万分1地形図 に今回の概略探索ルートをプロット 「ブログの力」の出版を記念して、「カフェ杏奴」でミーティングが開かれたのは昨年2004年の勤労感謝の日、11月23日であった。それを、すっかり忘れていたが、その一周年と一日記念の24日、お馴染みのメンバーによる「アースダイビング@下北沢」が挙行された。 この試みは、最初のミーティングで初めてお会いした「Kai-Wai 散策」の masa さんにご案内していただいて、私と玉井さんが根津・谷中界隈を訪れたことから始まった。 その後、中沢新一の「アースダイバー」に触発され、六本木から東京タワーへの「(仮称)アースダイビング大会」を行い、ついにその第二弾、「アースダイビング@下北沢」とあいなったのだ。 今回の探索は上原から下北沢、その地形を吟味すると同時に、今大いに騒がれている下北沢駅前計画と計画道路を検証することにある。...
Posted in aki's STOCKTAKING on November 26, 2005 06:45 AM

下北沢駅前開発計画

click!  “Save the 下北沢”のウェブサイトより 2005年10月29日(土)の朝日新聞(夕刊)の1面の「土曜フォーカス」に 「シモキタらしさ消えてしまう? 路地・商店街・・・雑多な街に駅前開発計画」 がのっていた。 LANDship は、下北の事務所から上原に引っ越してから、もう2年半になるが、それ以前15年近く下北沢に事務所を構えていた。下北沢独特の住宅と小さな商店の混在、路地と闇市、うまい居酒屋、隠れ家のようなバー、その雑多な街、そのすてきな街が大きな計画道路によって分断され壊されようとしているのだ。...
Posted in aki's STOCKTAKING on October 30, 2005 07:30 PM

2004年/初散歩

1月5日月曜日、世の中仕事始めなのだろうか。 午前中に、上原の事務所に菅波を交えて4人集合、全員で昼食(ビールと)をとるべく外にでた。 引越してからご無沙汰している下北沢の「新雪園」に向かうことにする。外は風もなく暖かい、ぶらぶらと上原から航研通り、池の上、そして下北沢と歩いた。本年初の散歩であった。 途中で見つけた物干、誰かが設計したものだ。物干し竿のフックがユーモラスだ。 写真では分かりにくいが、Lに曲がったパイプの先端は跳ね出しで建物とはくっついていない。...
Posted in aki's STOCKTAKING on January 6, 2004 02:33 PM

下小屋

東北沢の近くの航研通り沿いに宇田川木材という大きな材木屋さんがある。 大きな倉庫に材木・建材、いつも賑わっている。そこから少々踏切よりの向かいに、この「下小屋」がある。 下小屋とは「下拵え(したごしらえ)をする場所」のことである。料理ではおなじみの言葉「下拵え」は建築の世界でもある。木造の骨組、土台・柱・梁の刻み、枠廻りの材料の加工等々、現場での作業前にこの「下小屋」での作業があるのだ。 地方では大工棟梁、工務店自身が下小屋を持っているが、土地事情からして都会では難しい。そこで材木屋が自分の顧客である大工棟梁・工務店に「下小屋」という場をサービスとして提供している例が多い。 ----...
Posted in aki's STOCKTAKING on June 7, 2003 11:25 AM

もう一度、航研通りの家/2

Be-h@us Blog/030522 以前に紹介した航研通りの家/2に行ってみた。 その裏側を見てみたかったからだ。階段らしき斜めに上がる屋根が空間をよぎる。 そこはこんな家になっていた。 --------...
Posted in aki's STOCKTAKING on June 4, 2003 01:05 PM

馬馬虎虎

BALLACK finder で航研通りを路上探索中、こんな看板の食堂を見つけた。 定食屋 「馬馬虎虎」MA-MA FU-FU シャッターも閉まったままだし、どんな定食なのか、はたまた、こんな名前をつけた主人はどんな不敵な面構えか見たいと思っている。 「馬馬虎虎」この意味は、私の昔からの敬愛する同級生、建築家・大行 征のサイト「東アジアは「停看聴」の[勝手に中国語講座] 08-いい加減な二人組、で教えてもらった。...
Posted in aki's STOCKTAKING on June 4, 2003 12:51 PM

航研通りの家/2

Be-h@us Blog/030505 航研通り」にはこんなすごいバラックもある。 4軒長屋の店舗である。これはどう見ても戦前の建物、この通りの歴史の古さを感じさせられる。 各々の表情の違いが面白い。右端は最近のリフォーム、次は3階を居室へと進化、後の2軒は同じレベルという感じだが、角の階段と思われる部分の自在ぶり、その複雑さには度肝をぬかれる。...
Posted in aki's STOCKTAKING on June 4, 2003 12:03 PM

航研通りの家

Be-h@us Blog/030505 山手通りを青葉台方向から松濤をかすめてまっすぐ向かうと、大きな三差路にぶつかる。 ここで山手通りは右方向に、井の頭通りの交差点へと向かう。左に向かう道は東大駒場のグラウンドに沿ってまっすぐとのびている。 近代文学博物館、日本民芸館のある駒場公園は左にちょこっと入った所、東大先端科学技術研究センターはこの道沿いにある。そのまま真っすぐ行くと、三角橋という信号から急に細くなって小田急線東北沢の踏切りに向かう。 その三角橋までは両側に歩道も構えて立派な山の手の道という雰囲気なのだ。 今の東大先端科学技術研究センターは、昔、東京帝國大学航空研究所(あの航研機の)だった。その頃から、この通りを「航研通り」と呼ぶようになったのであろう。 その「航研通り」沿いにこのバラックはある。 小さな木造、奥行きの小さな3階建て、吉野という畳屋さんの店舗なのであろう、大きな看板がでている。表面の仕上げはバラックの定番、トタンの波板のペンキ仕上、ほぼ左右対称のファサードは、凛としてまわりの新しい建物に負けていない。 その堂々とした左右対称も、正面左手の2,3階がキャンティ(片持ち)となっていて、その対称形をくずしているのが、なかなか曲者なのである。いつ頃からあるのか定かではないが、戦後すぐからあるのであろう。 この「航研通り」にアパレル業界の人たちが、かっこいい建物を建て始めた頃、「コスモス通り」とか名付けて流行らせようとしたが、いつのまにか立ち消えていった。 そのアパレルの建物でさえ、使われなくなったり取り壊されたりと、時代は変わっていく。...
Posted in aki's STOCKTAKING on June 4, 2003 11:48 AM